Feb 27, 2011
太陽光発電設備投資の電気代
自分の家は数年前から太陽光発電を利用している。実際には設備投資にお金のために10年ローンの支払いですが、電気料金の費用をそちらに回っていると考えている。ローンが終われば、それなりに黒字になるかもしれないが、現在では、太陽光発電だけで賄うことは、されていない。ただし、最近では自然の進化の利用が検討されている。日本の技術力を世界に示すことを継続するためには、過去の栄光ではなく、今後の技術開発競争に勝たなければならない。そして、これから必要なスキルといえば、やはり太陽光発電のソーラーパネルですね。このソーラーパネルこそが、未来に向けた重要な技術であり、日本の開発力を世界に知らせるための優れた材料です。
民主党の仙谷由人前官房長官の関係政治団体「21世紀改革研究会」が平成21年、温泉施設での「入浴代」1500円を「政治活動費」名目で支出していたことが5日、分かった。産経新聞の少額領収書の情報公開請求で判明した。
領収書によると、同団体は21年11月22日、島根県出雲市にある温泉施設で1500円を支出した。同施設の説明によると、大人の利用料金は平日が600円、土日祝日は700円という。仙谷氏の事務所は「政治資金は法令にのっとり、適正に処理している」とコメントしている。
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【江戸前史 ぶらり関東記】(11)和銅遺跡
「和同開珎(わどうかいちん)のワドウは元号のワドウと違うってのは、わかっておられますか」
えっ、違うんですか。だって和同開珎が発行されたのが和銅元(708)年で…あれ、たしかに金ヘンがあったりなかったり。いったいどういうことですか? 何度も同じ質問を受けているらしく、秩父市和銅保勝会の会長を務める郷土史家、若林好(よしみ)さん(80)は、すらすらと説明してくれた。
「よく間違えられるんですが、『和』も日本という意味ではありません。和銅は『にきあかがね』と読んで、純粋な自然銅のこと。貨幣のほうの和同は仲良くといった意味で、『天地和同』のような中国の言葉からきています」
読みが同じだからややこしい。ついでに言えば「珎」という最後の字も、以前は「寳(たから、ホウ)」の略字とみなす説が有力だった。そういえば学校でワドウカイホウと習った記憶がある。いつの間にかカイチンになっている。異説もあるそうだけど、研究者じゃないから深くは立ち入らない。
和同開珎は日本最古の流通貨幣だ。それ以前に富本銭(ふほんせん)ってのもあるんだけれど、これまた詳細については省略。とにかく、平安時代の史書『続日本紀(しょくにほんぎ)』に、武蔵国秩父郡(むさしのくにちちぶごおり)で産出した銅が朝廷に献上され、年号を慶雲(けいうん)から和銅に改めたという話が載っている。平城京遷都の詔(みことのり)が出たのも和銅元年。和同開珎の登場で貨幣経済が始まる。つまりは日本の大転換期で、歯車を大きく回す役割を果たしたのが、秩父の和銅だった。
和銅に関連する史跡が、埼玉県秩父市黒谷(くろや)に点在していて、保勝会の人たちに案内してもらった。
秩父鉄道和銅黒谷駅に近い聖(ひじり)神社に、当時採掘されたものだと伝わる自然銅のかたまりが「ご神体」として安置されている。そこから銅洗堀(どうせんぼり)という川沿いの山道を登っていくと、断層が露出した崖に出る。巨大な爪で削り取ったような地形で、和同開珎のモニュメントと「和銅露天掘り跡」という案内看板が立っていた。
和銅の産出場所は、学術調査で特定されたわけではなくて、伝承の域を出ない。ここも掘削跡というよりは自然の割れ目のようでもある。ただ、歴史を思う場所としては、悪くない。断層の露頭は、太古から変わらずにここにあっただろう。現代人は、プレート移動による造山活動が…なんて考えるけど、科学知識がなかったら、伝説めいた話が伝わっても不思議はない。そんな地勢だった。
東京から電車に揺られて約3時間。いくつもトンネルをくぐり、深くなっていく山を車窓から眺めつつ、しかしよく見つけたよなぁ…と感心してしまった。言っちゃ悪いけど、えらい山奥。荒川の上流だから、丹念にたどれば…という話だけれど、それにしても相当な探求心がないと無理。
「貨幣を鋳造しようとしていたのは、平城京の造営資金に充てるためだったといわれています。全国各地で調査があって、秩父にも鉱物資源に詳しい専門家が派遣されてきたんでしょう」
縄文時代から人が住んでいた秩父周辺には、飛鳥時代以降、渡来人の移住が進んだ。和銅発見に貢献したといわれる人の一人は金上无(こんじょうむ)という新羅(しらぎ)(朝鮮最初の統一王朝)の出身者だった。お隣に設置された高麗(こま)郡(いまの埼玉県日高市など)には、その名前の通り、高句麗(こうくり)(古代朝鮮の国)から渡ってきた人がたくさん住んだ。
秩父にそびえる武甲山(ぶこうさん)で、いまも石灰石が採掘されているのが象徴的だけれど、鉱物資源が人々を呼び寄せたのだろう。後世のものだが、金山(かなやま)や金穴(かなあな)と呼ばれる鉱山の存在も確認されている。かつて、鉱物資源の採掘や精錬は“超ハイテク技術”で、大陸や半島からの技術者集団を必要とした。「当時の秩父は国際都市だったんですよ」。そう語る若林さんは誇らしげだった。(篠原知存)
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